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  プロフィール メンバーのプロフィール
  1964年から1967年にかけて サンライズ時代
  1967年から1972年にかけて デビューから解散まで
  ソロ・ワークス 各メンバーのソロ
  1990年代 ハプニングス・フォーの再評価
  2001年 2001年12月28日、再結成
  2002年以降 再結成後のライブ活動、リリース状況など
       
       
     
  プロフィール メンバーのプロフィール
     
  1940年 7月7日 クニ河内(作詞、作曲、編曲、キーボード、ピアノ、ボーカル):福岡県出身
  1942年 2月24日 ペペ吉弘(ベース、ボーカル):福岡県出身
  1943年 2月24日 チト河内(作詞、作曲、編曲、ドラム、ボーカル):福岡県出身
  1948年 3月23日 トメ北川(ボーカル、パーカッション):福岡県出身
  1946年 7月18日 篠原信彦(キーボード、ボーカル):大阪府出身
       
     
  1964年から1967年にかけて サンライズ時代
     
 

 

1964年  福岡にてラテン・ロック・バンド「サンライズ」結成。
      この「サンライズ」がザ・ハプニングス・フォーの母体となる。メンバーにはクニ、ぺぺ、チトのほか、パーカッションにペドロ梅村(現ペドロ&カプリシャス)、ボーカルに里見洋(その後、レオ・ビーツ→ルートNo.1→里見洋と一番星)も参加していた。
       
    1966年  ミッキー・カーティスのスカウトにより上京。
      この年、バンドボーイだったトメ北川が加入。川添象郎の「アスカプロ」に所属し、全国のホテルのラウンジ、ナイトクラブ、キャバレーなどで演奏。東南アジアツアーも敢行。66年のビートルズ来日時には、宿泊先のヒルトンのラウンジでビートルズの前で演奏したという伝説もある。
       
    1967年  黛敏郎らの命名によりサンライズはザ・ハプニングス・フォーと改名。
      「渡辺プロダクション」に所属し、グループサウンズ全盛の中、ギター不在の異端GSとしてデビューする。
       
     
  1967年から1972年にかけて デビューから解散まで
     
 
  当時のメンバー紹介  
 

※当時のメンバー紹介。何に載っていたのかは不明。
     
  1967年 11月5日

デビュー・シングル「あなたが欲しい」をリリース

      ジャケットデザインは横尾忠則が手がけた。

当時の新宿ACBのスケジュール表に、ザ・ハプニングス・フォーのメンバー4人の名前が掲載されていたところから、この時期、ザ・ハプニングス・フォーは新宿ACB(アシベ)などのジャズ喫茶に出演していたものと推測される。
       
  1968年 3月10日 シングル「君の瞳をみつめて」をリリース
 

1968年

5月5日 シングル「アリゲーター・ブーガルー」をリリース。
  1968年 7月1日 1stアルバム『マジカル・ハプニングス・トゥアー』をリリース
      1万円札のパロディを見開きジャケットにしたデザインが話題を呼んだ。

同年8月には伊藤きよ子の8トラック・カセット音源『花のマドンナ』(アポロン)のバックバンドも務める。
  1968年 12月1日 シングル「夜明けのバラード」リリース
  1969年 5月1日 シングル「あの夢からさめて」リリース
       
 
  「ヤング」誌1969年2月号  
 

※「ヤング」誌1969年2月号より
(この号にはザ・ハプニングス・フォーとファンとのインタビューも掲載されている)

       
  1969年 5月1日 2nd アルバム『クラシカル・エレガンス バロック&ロール』リリース
      セカンド・アルバム『クラシカル・エレガンス・バロック&ロール』は、ビートルズが実践したようなポップスをクラシックの手法で、ソフトロック寄りのヒット曲の数々をクニ河内がアレンジ。デザインは「JUN」とのタイアップという極端に洒落た作品となった。
      また、69年からは、篠原信彦を加えたダブルキーボードで、プログレッシブ・サウンドを展開、他のグループのセッションにも多数参加している。
  1969年 11月1日  シングル「命短し」リリース
       
 
  ハプニングス・フォーの5人  
 

篠原信彦(シノ篠原)の加入により、ハプニングスフォーは5人に。
これにより、ザ・ハプニングス・フォー+1(プラスワン)と名乗ることもしばしば。
       
  1970年 4月5日 『ロックン・ロール・ジャム’70』リリース
      モップス、ゴールデン・カップス、内田裕也とフラワーズら、東芝4大ニューロック系バンド(当時はニューロック4とも呼ばれた)とともに、東京ヤング・メイツにおいて敢行されたジャム・セッションの模様を録音。ザ・ハプニングス・フォーの音源は4曲収録された。

さらに 同年には『一柳慧作曲オペラ横尾忠則を歌う』(同年3月発売)にも参加。
  1970年 7月5日 3rdアルバム『アウトサイダーの世界』リリース
      サード・アルバム『アウトサイダーの世界』は作詞に北山修を迎え、バラエティかつメッセージ色の強い作品。

同年12月にはジョー山中(ボーカル)、石間秀樹(ギター)らを迎たプレ・フラワー・トラベリン・バンド的作品と言える『切狂言』(同年12月発売)を「クニ河内と彼のともだち」名義でリリース。
  1970年 7月5日 シングル「恋人たちの願い」リリース
       
 

1971年

8月5日 ラスト・アルバム『引潮・満潮』リリース
      全曲クニの作詞作曲となる和製ニューロックの名盤と評価されるコンセプト・アルバムで、これが最後の作品となった。71年は、ピンクフロイドが出演した「箱根アフロディーテ」や日比谷野音をはじめ、野外のロックフェスにも多数出演。

同年4月に『S.O.Sコンサート フォークとロックの大合同演奏会』が発売され、トメ北川が歌う「切狂言」と「おまえの世界へ」との2曲が収録された。

また、この年にはR&Bやソウルのヒット曲を中心に、Wキーボード化したザ・ハプニングス・フォーが得意とする「ユー・キープ・ミー・ハンギング・オン」などを収めた8トラック・カセット音源『決定版!R&Bベスト16』がリリースされた。
  1971年 9月5日 ラスト・シングル「引潮・満潮」リリース
       
  1972年   ザ・ハプニングス・フォー解散
       
     
  ソロ・ワークス ハプニングス・フォー解散後
     
    クニ河内

クニ河内のソロ作品には1972年発売のシングル「透明人間」(同年のヤマハ主催日本歌謡祭にて作曲家グランプリ受賞)をはじめ、同年にはソロ・アルバム『僕の声が聞えるかい』(キャピトル・東芝・1972年5月)などがある。この他にも『歌えなくなる前に』(ポリドール・1972年12月)や、 『愛はまだ氷りついたまま』(ベルウッド・キング・1977年9月)などがある。

また、他のミュージシャンの作詞・作曲・編曲もこなす。 カルメン・マキ(アシッドで尖ったアレンジを施したシングル「ノイジー・ベイビー」)、天井桟敷関連、布施明(大ヒット「そっとおやすみ」は元来ザ・ハプニングス・フォーのレパートリー)、フラワー・トラベリン・バンドやタイガースなどをはじめ、様々なバンドやシンガー、歌手への楽曲提供や編曲など、60年代後半から70年代いっぱいあたりまでの仕事量は、その全体をつかみきれないほど膨大である。

これら以外にも「ぴかぴかの一年生」や「東ハト・オールレーズン」などのCMソングも手がけた。70年代後半からはNHKのテレビ番組など児童向けの音楽活動に専念している(現在も全国各地の幼稚園や保育園にて活動中)。

       
 
 
  「ミュージックライフ」1969年6月号  
 

※「ミュージックライフ」1969年6月号より
   
     ペペ吉弘 ぺぺ吉弘は、71年にハーフ・ブリードのポール・リーや近田春夫らと企画グループ「羅生門」を結成。モンド色強い『日本国憲法』、ソフトロックな『インディアン死よりも赤を選ぶ』をリリースした。
    チト河内 チト河内は、吉田拓郎との新六文銭を経て、74年にトランザムを結成。プロデューサー兼リーダーとしてコカ・コーラのCMソングやドラマ「俺たちの朝」「俺たちの旅」シリーズなど、多くのヒットを生んだ。

また、 プロデュ−サ−/アレンジャーとしても活動し、沢田研二のCOCOLOへの参加のほか、ザ・ブームの編曲、民族音楽のCDプロデュースも行なっている。

近年ではザ・ハプニングス・フォーを敬愛する歌手である渚ようこ『ギーナサドンバ・リサイタル』や、福岡のR&Bバンド、ザ・ヤングの『ヤング・ソウルの新しい世界』などを手がけた。

やはりその仕事量は膨大であり、全貌を把握する事は不可能である。
       
    トメ北川 トメ北川も、トランザムに参加するがアルバム一枚で脱退。ソロ活動に専念。現在、麻上冬目の名前でも活動中。

ソロ作品には『ふたつの椅子/膝枕』(コロムビア・1972年11月) 『青春から』(TRIO・197年)、『誘惑』(アルファ・1981年)などがある。

近年は海外から彼の歌声を評価する声も多く、ザ・ハプニングス・フォーになくてはならい存在だ。その独特の歌唱をここ数年のライブでは惜しげもなく披露している。
       
     篠原信彦 篠原信彦は、フラワー・トラベリン・バンドやトランザムに参加した後に沢田研二、萩原健一、ヨーコ・オノなどのレコーディングやライブのサポートを行ったほか、近年ではギターとシタールの境界線を突破した楽器、その名もギターラを手にした石間秀樹とのピタゴラス・パーティーをはじめ、ジョー山中、アラン・メリル、山口富士夫、布谷文夫ほか多数のセッションに参加している。

トランザムにはザ・ハプニングス・フォーのメンバー(チト、篠原、トメ)が参加した。
       
     
  1990年代 ハプニングス・フォーの再評価
     
     

1990年代初頭には、ザ・ハプニングス・フォーの各アルバムが再発された。これきっかけに彼らの音楽を「知る」若者も出現しはじめる。

グループ・サウンズそのものへの再評価が高まるなか、ザ・ハプニングス・フォーを再評価する動きも強まる。リアルタイムに「当時の音」を体験していない若手のミュージシャンやDJから、ザ・ハプニングス・フォーを支持する者も現れた。

また、 1990年代には当時8トラック・カセットでのみリリースされていた音源のCD化、そしてファースト・アルバム『マジカル・ハプニングス・トゥアー』がオリジナルを忠実に再現したWジャケット仕様のアナログ盤で再発売された。

       
     
  2001年 2001年12月28日、再結成
     
  2001年   12月28日 神戸チキンジョージにてオリジナル・メンバーの4人(クニ河内、ペペ吉弘、トメ北川、チト河内)が集結し、ザ・ハプニングス・フォーとしては実に30年ぶりとなるライブを披露。

「本当はね、昔の名前で出ていますみたいなのはカッコ悪くて嫌だったのね。やるならどこかに何か楽しみや意味を見つけないとね。でも今回はそういうのあると思うんだよね」(チト河内談 『レコード・コレクターズ』2002年3月号・156ページ)。
       
     
  2002年 2002年以降の活動など
     
   

2002年には東京・渋谷アックスにて復活ライブを行なう。

『ロック画報』第09号「ディスカバー・GS特集」(2002年9月発売)にてザ・ハプニングス・フォー特集が組まれ、元サニーデイ・サービスの曽我部恵一によるインタビューも掲載された。

篠原信彦を加えた5人編成(場合によりゲストプレイヤーの参加もあり)で本格的に活動を再開。

     
     
  2002年 8月 北海道・帯広市内で催されたアート展「デ・メーテル」の特別企画でライブを行なう。「あなたが欲しい」や「サムシング」などを披露。
  2002年 8月31日 東京・渋谷・アックスにて復活ライブ「HAPPENING A GOGO!」。を行なう。

クレイジー・ケン・バンドや渚ようこ、ザ・シロップらザ・ハプニングス・フォーのファンでもあるアーティストが共演した。

この後、渋谷青い部屋で真夜中のラテン/ラウンジ・セッションも行なった。
  2002年 9月2日 名古屋・クラブクアトロにてライブ  共演・渚ようこ、ザ・シロップ
  2002年 9月3日 大阪クラブクアトロにてライブ  共演・渚ようこ、バンヒロシ
  2002年 9月21日 福岡・ZEPP FUKUOKAにて「ニューロックの夜明け〜ももちの朝焼け921〜」開催

ザ・ハプニングス・フォー、 遠藤賢司バンド、クレイジー・ケン・バンド、野坂昭如、渚ようこ、フィールド、THE HOOVERS、ザ・ヤング、THEE 50'S HIGHTEENS、蝉らが出演。

歌と司会にオルベラ、DJは湯浅学、サミー前田らが務めた。
  2002年 12月29日 神戸チキンジョージにて恒例の年末ライブ
  2002年 12月30日 京都磔磔(たくたく)にてライブ  共演・渚ようこ
       
 
 
  2003年チキンジョージにて  
 

2002年8月31日・渋谷アックスにて
       
     
  2003年
     
    2003年にはザ・ハプニングス・フォー+ジョー山中&森園勝敏(四人囃子)という布陣で「切狂言セッション」を敢行。これは和製アシッド・ロックの傑作『切狂言』の再現であるのと同時に、ザ・ハプニングス・フォーにおけるニューロック・テイストの再現でもあった。

また、「トーキョー・ブーガルー」と「恋人よ」を新たに録音したシングル盤もリリース。
     
  2003年 2月5日 北海道・旭川市ハイジャックにてライブ  北海道ツアーを挙行
  2003年 2月6日 北海道・上川町カミングホールにてライブ
  2003年 2月7日 北海道・音更町文化センターにてライブ
  2003年 2月9日 東京・下北沢CLUB Queにてツーデイズ・ライブ  
ギターに森園勝敏、ジョー山中のボーカルを迎える。DJは湯浅学が務めた。
  2003年 2月10日 東京・下北沢CLUB Queにてツーデイズ・ライブ  
ボーカルに渚ようこを迎える。DJはサミー前田が務めた。
  2003年 3月10日 シングル「トーキョー・ブーガルー/恋人よ」リリース
  2003年 4月23日 NAGISA YOKO with GINASA DONBA 『Ginasa Donba Recital』リリース。

Ginasa Donba Recital ギーナサドンバはチト河内がバンマスを務めた、02年10月に渋谷エッグマンで行われた一夜限りのバンド。トメとぺぺがゲストボーカルで渚とデュエット。篠原も
参加している。
  2003年 6月7日 新潟県民芸術文化会館にてライブ
  2003年 6月8日 東京・原宿クロコダイルにてツーデイズ・ライブ  
ゲストにサンディーを迎え、初日はラウンジ・ミュージックを披露。
  2003年 6月9日 東京・原宿クロコダイルにてツーデイズ・ライブ  
ゲストにジョー山中、森園勝敏を迎え、切狂言セッションを繰り広げる。
  2003年 6月16日 静岡市草薙アウトサイダーにてツーデイズ・ライブ
  2003年 6月17日 静岡市草薙アウトサイダーにてツーデイズ・ライブ
  2003年 8月27日 北海道・北見市経済センターにてライブ  
タイトルは「北見ニューロックフェスティバル」。ザ・ハプニングス・フォー+森園勝敏&ジョー山中の布陣で2003年2度目となる北海道ツアーを挙行。
  2003年 8月29日

北海道・帯広市十勝ビアファクリーにてツーデイズ・ライブ
その名も「十勝ニューロック・フェスティバル」と題し、ザ・ハプニングス・フォー+切狂言セッションを渋谷から遠く離れた北海道にて披露、金子マリもゲストで参加。

  2003年 8月30日 北海道・帯広市十勝ビアファクリーにてツーデイズ・ライブ
「十勝ニューロック・フェスティバル」2日目
  2003年 11月5日

東京・渋谷クロコダイルにてツーデイズ・ライブ  
初日となる5日は福岡からの若手R&Bバンド、ザ・ヤングを迎えて「ニューロック・ジャムwithR&B」を挙行。ザ・ハプニングス・フォーはジョー山中と森園勝敏を交えて切狂言セッションを披露。また、渚ようこもボーカルで参加。

  2003年 11月6日 東京・渋谷クロコダイルにてツーデイズ・ライブ  
2日目はベルベット・マッシュを迎えて「ラウンジ・サウンド2003」と題し、
ザ・ハプニングス・フォーは持ち味のラウンジ/ラテン路線を披露。
  2003年 12月28日 大阪・堺FUZZにてライブ  
共演・渚ようこ、ザ・ヤング、騒音寺、thee 50s high teens、
DJをサミー前田とキング・ジョーが務める。
  2003年 12月29日 神戸・チキンジョージにて年末ライブ  ザ・ヤングも出演した。
       
     
  2004年
     
   

2004年には復活後初のニュー・アルバムをリリース。12月のライブ会場にて先行発売された。本年は昨年のニューロック風から、ザ・ハプニングス・フォーの前身バンドであるサンライズ時代にこなした、シャンペン・ミュージック/ラウンジ・ミュージックも徐々に披露し始める。

     
  2004年 7月22日 東京・吉祥寺スター・パインズ・カフェにてライブ
  2004年 7月23日 東京・渋谷クロコダイルにてライブ  共演・ゴーグルエース
  2004年 12月19日

静岡市伝馬町トップビルシアターにてチャリティーコンサートを開催

出演・ザ・ハプニングス・フォー、ジョ−山中、森園勝敏

この後、静岡ケントスにてクリスマス・パーティーも催された。

  2004年 12月26日 東京・渋谷クロコダイルにてツーデイズ・ライブ  共演・ザ・サイクロンズ
  2004年 12月27日 東京・渋谷クロコダイルにてツーデイズ・ライブ  共演・東京ポルチカ歌劇団
  2004年 12月29日 毎年恒例となった神戸チキンジョーにて年末ライブ
  2004年 12月30日 大阪・堺市FUZZにてライブ、題して「ニューロックの夜明けin FUZZ」  
共演・野村麻紀、ザ・サイクロンズ、ザ・ヤング。thee 50s high teens、
昨年同様DJにサミー前田、キングジョー。
       
 
  2004年チキンジョージにて  
 

2004
年チキンジョージにて
       
     
  2005年
     
    2005年は1月に、ニュー・アルバム『ハプニング・ア・ゴーゴー』が発売される。
ザ・ハプニングス・フォーとしては実に34年ぶりのニューアルバムをリリースした。
     
  2005年 1月22日 復活後初のアルバム『ハプニング・ア・ゴーゴー』ボルテイジ・レコードからリリース
  2005年 2月14日 東京・渋谷クロコダイルにてライブ
  2005年 4月15日 大阪・本町jaz'room"nuthingsにてライブ  共演・electric latin jazz ensemble
  2005年 4月16日 福岡・博多ビブレホールにてライブ
 
 
     
 
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